ALSの呼吸筋トレーニングは安全か|45人の二重盲検RCTで読む効果の範囲

ALSの利用者さんに、呼吸の練習をどこまで勧めていいのか。
「動かしすぎると筋力が落ちる」と聞きます。一方で、痰が出せなくなっていく経過も見えています。やるべきなのか、やらないほうがいいのか。ここを曖昧にしたまま関わると、判断が担当者ごとにばらつきます。
早期ALSの45人を対象にした二重盲検・偽介入対照のRCTが、この問いに具体的な数字で答えています。偽の器具を使った対照群を置いた、この領域では珍しく設計の強い試験です。
結論
早期ALSの呼吸筋トレーニングはよく耐えられた。ただし伸びる力と伸びない力がはっきり分かれた。
- 呼気筋力(MEP)は群間差 +21.7 cmH₂O(6.5〜37.0、p=0.004)。咳の最大吸気流量も +63.9 L/分改善
- 一方、吸気筋力(MIP)と肺活量(FVC)は動かなかった(p=0.33、p=0.60)
- 1年後、球機能の低下速度が半分以下(月 −0.12 対 −0.29点、p=0.02)。ただし探索的な解析
- 試験に関連した有害事象はゼロ、完遂率91%。ただし対象は早期ALSのみ
なぜALSで「やっていいのか」が問題になるのか
ALSは運動ニューロンが失われていく病気です。残っている運動単位に負担が集中するため、過度な運動がかえって筋力低下を早めるのではないかという懸念が古くから語られてきました。現場で「動かしすぎないほうがいい」と言われるのは、この考え方が背景にあります。
一方で、放っておけば呼吸筋も確実に弱っていきます。痰を出す力が落ちれば誤嚥性肺炎のリスクが上がり(口腔ケアで肺炎は減るのかもあわせてどうぞ)、呼吸機能が落ちれば非侵襲的換気(NIV)が必要になります。何もしないことが安全という保証もないわけです。
この対立を、実際にやってみて比べたのが今回の試験です。呼吸筋という、ALSで確実に問題になる部位を選び、偽の器具を使った対照群を置いて、12週間続けたらどうなるかを見ています。
この研究がやったこと
- 対象:早期段階のALSのある人45人(発症型は脊髄型が約8割)
- 方法:12週間の呼吸筋トレーニング(吸気+呼気)を行う群23人と、偽の器具を使う群22人にランダムに割り付け
- みたもの:主要アウトカムは最大呼気圧(MEP)と最大吸気圧(MIP)。副次に咳の流量と努力肺活量(FVC)。さらに1年後の機能低下を探索的に追跡
- エビデンスの分類:Class II(著者らによる分類)
偽介入をどう作ったか
この試験の設計で重要なのは、対照群にも同じ見た目の器具を渡している点です。呼気用はバネを抜き、吸気用はバネを切ってあり、負荷はゼロ。訓練のやり方も訪問の頻度も、能動群とすべて同じにしてあります。
「器具を使って練習した」という体験自体が結果を動かす可能性を、この設計は取り除いています。リハビリの試験でここまで作り込まれているものは多くありません。
実際にやった内容
- 在宅で、市販の吸気トレーナーと呼気トレーナーを使用
- 吸気25回+呼気25回=1日50回、週5日、12週間で計3,000回
- 1回のセッションは約30分
- 負荷はMEP・MIPそれぞれの30%。毎週1回、療法士が自宅を訪問して筋力を測り直し、器具を再設定
- 家庭用の記録用紙で毎日の実施を記録し、週ごとに回収
45人中42人が完遂(脱落6.7%)、実施率は90〜100%でした。
結果:呼気は伸び、吸気は伸びなかった
| アウトカム | 能動群の変化 | 偽群の変化 | 群間差(95%CI) | p |
|---|---|---|---|---|
| 呼気筋力 MEP | +20.8 | −1.0 | +21.7(6.5〜37.0) | 0.004 |
| 吸気筋力 MIP | +8.9 | +4.8 | +4.2(−4.8〜13.1) | 0.33 |
| 咳の最大吸気流量 | +62.5 | −1.3 | +63.9(17.3〜110.5) | 0.02 |
| 咳の最大呼気流量 | +35.1 | −24.0 | +59.4(−15.4〜134.2) | 0.06 |
| 肺活量 FVC(%予測) | −6.5 | — | — | 0.60 |
(MEP・MIPの単位は cmH₂O、咳の流量は L/分)
同じ12週間の訓練で、呼気筋力は伸び、吸気筋力は伸びませんでした。 咳についても、吸気側の流量は改善し、呼気側は0.06で届いていません。
そして肺活量は、能動群でも6.5%ポイント下がっています。ALSは進行する病気なので、この期間に肺活量が落ちること自体は自然な経過です。訓練はそれを止めませんでした。
著者らは何が起きたと考えているか
吸気筋力が伸びなかった理由として、著者らは負荷の低さを挙げています。 この試験の30%という負荷は、同じグループの過去の研究(50%負荷)でMEPが25〜30%伸びたのに対し、今回は20%の伸びにとどまりました。吸気と呼気の両方を、しかも多い回数で行うため、疲労を避けて意図的に負荷を下げたと説明されています。
加えて、使用した吸気トレーナーの上限が41 cmH₂Oだったため、2人は途中から25%の負荷でしか訓練できていません。器具側の制約です。
肺活量が動かなかったことについては、「特異性の原則」で説明されています。 筋力トレーニングは圧を発生させる能力を高めるものであって、肺の容量を増やすものではない。容量を増やしたいなら、息を積み重ねて肺を膨らませる手技(breath stacking・肺容量リクルートメント)のような、別の目的をもった介入が要る、という整理です。
同じ現象は多発性硬化症でも報告されており、呼吸筋の筋力は上がるのに肺活量は変わらないという組み合わせは珍しくありません。著者らは「どの種類の訓練をしたかが、どの種類の改善が得られるかを決める」とまとめています。呼吸筋トレーニングをすれば呼吸機能全般が底上げされる、という考え方は成り立たないということです。
一般的な筋力トレーニングでは、最大筋力の60〜80%の負荷から始めるのが標準とされています。今回の30%は、その水準からするとかなり低い設定です。著者らがそれでもこの負荷を選んだのは、吸気と呼気の両方を、1日50回という多い回数で行うため、疲労と過用を避けたかったからだと説明されています。安全側に振った結果、吸気側では効果が出なかった可能性がある、という読み方になります。
1年後:球機能の低下が緩やかだった(探索的)
| 12か月後のアウトカム | 能動群 | 偽群 | p |
|---|---|---|---|
| ALSFRS-R 球機能サブスケール(月あたり低下) | −0.12 | −0.29 | 0.02 |
| ALSFRS-R 合計(月あたり低下) | −0.73 | −1.09 | 0.13 |
| 経口摂取を続けている人 | 87%(20人) | 64%(14人) | 0.07 |
| 非侵襲的換気(NIV)までの時間 | 有意差なし |
球機能の低下速度が2倍以上ゆっくりでした。全体の機能低下(合計スコア)と経口摂取の維持率も能動群のほうが良い向きですが、どちらも有意差には届いていません。
非侵襲的換気(NIV)については、導入までの時間に統計的な差はありませんでした。ただし著者らは、実際にNIVを始めた14人を見ると、能動群のほうが開始が遅かったこと、ハザード比が0.56だったことを補足しています。14人という人数から傾向を語ることはできませんが、報告としてはそう書かれています。
そして、これらはすべて「探索的」と位置づけられた解析です。 追跡データの多くはカルテの記録から集められたもので、この試験が本来検証しようとしたアウトカムではありません。ここだけを取り出して「呼吸筋トレーニングはALSの進行を遅らせる」と読むことはできません。
なお球機能のサブスケールには、唾液や分泌物の処理に関する項目が含まれています。著者らは、咳の流量が改善したことと球機能の低下が緩やかだったことは関係しているかもしれない、と述べています。これも仮説の段階です。
訪問リハ・在宅の現場でどう使うか
1. 期待するのは「肺活量」ではなく「咳」
この試験がはっきり示したのは、呼気筋力と咳の流量が伸びることでした。在宅で問題になるのは、痰を出しきれるかどうかです。呼吸筋トレーニングを、肺活量を保つ手段ではなく、喀出と気道防御の手段として位置づけるほうが、根拠と目的が一致します。
著者らは、ALSでは咳の最大呼気流量が年に約125 L/分のペースで落ちるという別の報告を引いています。今回改善したのは吸気側の流量(+63.9 L/分)なので、そのまま差し引きできる数字ではありませんが、咳の力がどのくらいの速さで失われていく病気なのかという感覚は持っておいたほうがよさそうです。
肺活量そのものを目標にするなら、この訓練は答えになっていません。著者らが挙げているような、肺容量を増やす別の手技を検討することになります。
2. 「早期」という条件を外さない
対象は早期段階のALSに限られており、著者ら自身が「進行した人には一般化できない」と明記しています。そのうえで、軽症の時期にこそ介入できる窓があるのではないかと推測し、進行してからの能動的な訓練は逆効果になりうるとも書いています。これは仮説であって、検証されたものではありません。 進行例に当てはめる根拠は、この論文にはありません。
3. 負荷は自己判断で上げない
30%という負荷は控えめで、著者らは「軽症の人には50%のほうが適切だろう」と述べています。ただしこれは過去の自分たちの研究との比較から出た考察であり、この試験で50%を検証したわけではありません。ALSでは過用による筋力低下が懸念される病気です。負荷を上げる判断は、主治医・呼吸ケアの担当と共有したうえで行うべきものです。
4. 「1日30分・週5日」を続けられる形にする
この試験の実施率は90〜100%でした。ただしそれは、毎週療法士が自宅を訪問して測り直し、記録用紙を毎週回収するという体制の上での数字です。訪問の頻度が違えば、同じ実施率にはなりません。導入するなら、記録の残し方と、誰が確認するのかまで一緒に決めておく必要があります。
5. 「過用の心配」に、この試験が答えられる範囲を押さえておく
冒頭に書いた「動かしすぎると弱るのではないか」という懸念について、この試験から言えるのは次の範囲までです。早期ALSの人が、呼吸筋に対して、30%という控えめな負荷で、12週間、在宅で訓練したところ、試験に関連した有害事象は報告されなかった。 能動群の筋力が偽群より落ちる、といったことも起きていません。
言えないのは、進行した段階での安全性と、四肢の運動についての安全性です。この試験はどちらも見ていません。家族から「歩く練習もしていいですか」と聞かれたときに、この論文を根拠にはできません。
6. 呼吸リハビリ全般の考え方は、他疾患の記事と共通している
呼吸筋トレーニングで筋力の指標が上がっても、それが患者の実感につながるとは限らない、という構図はCOPDでも同じでした(COPDに吸気筋トレーニングは効くのか)。指標が動いたことと、生活が変わったことは別に確かめる、という読み方はそのまま使えます。
この研究の限界(ここを外すと誤読します)
- 45人と小規模です。 この領域では大きいほうの試験ですが、より大きな集団での検証が必要だと著者らも書いています
- 対象は早期ALSのみ。進行した段階の人には当てはめられません
- 在宅を担当した療法士は盲検化できていません。 器具の見た目は同じでも、圧を破るのに必要な努力と音の違いから、どちらの群か分かってしまったと明記されています(参加者と評価者は盲検化されています)
- 吸気側の負荷は器具の上限に制約されました。2人は25%の負荷になっており、吸気筋力の結果に影響した可能性があります
- 1年後のデータは探索的で、主にカルテレビューから集められています。追跡期間中の他の治療や活動は統制されていません
- 有害事象は「試験に関連したものはなかった」という報告であって、安全性を主要な評価項目にした試験ではありません。 「ALSに運動は安全だ」と一般化する根拠には使えません
- 入院や誤嚥性肺炎の発生は見ていません。患者本人が答える生活の質の指標も含まれていません(著者らが今後の課題として挙げています)
- これは呼吸筋に対する訓練の話で、四肢の運動療法の是非を扱ったものではありません
まとめ
- 早期ALSへの12週間の呼吸筋トレーニングはよく耐えられ、試験に関連した有害事象はなかった(完遂率91%)
- 呼気筋力は群間差 +21.7 cmH₂O、咳の最大吸気流量は +63.9 L/分改善した
- 一方、吸気筋力と肺活量は動かなかった。著者らは負荷30%の低さと、筋力訓練の特異性で説明している
- 1年後の球機能の低下が半分以下だったが、探索的な解析であり、進行を遅らせる根拠としては使えない
- 当てはまるのは早期ALS・呼吸筋・30%負荷・12週間という範囲まで
出典
Plowman EK, Gray LT, Chapin J, Anderson A, Vasilopoulos T, Gooch C, Vu T, Wymer JP. Respiratory Strength Training in Amyotrophic Lateral Sclerosis: A Double-Blind, Randomized, Multicenter, Sham-Controlled Trial. Neurology. 2023;100(15):e1634-e1642. DOI: 10.1212/WNL.0000000000206830 PMID: 36805435
※本記事は上記論文を運営者が全文まで読み、自身の言葉で要約したものです。原著の抄録・本文の転載および全訳は行っていません。診断・治療の判断は主治医・担当の専門職にご相談ください。
この記事について
本記事は公開されている論文をもとに、あいす・理学療法士(10年目)が要約・解説したものです。原著の内容を完全に再現するものではないため、 臨床判断の際は必ず原著をご確認ください。
また、本記事は特定の個人に対する診断・治療の助言ではありません。 症状についてのご相談は主治医・かかりつけの専門職へお願いします。