歩行速度は「第6のバイタルサイン」|3万4千人のデータが示す歩く速さと寿命の関係

「歩くのが遅くなった」は、ただの老化のサインではありません。
在宅で高齢者に関わっていると、歩く速さの低下を「年だから仕方ない」と流してしまいがちです。でも、歩行速度はその人の余命を予測する指標でもある──それを大規模なデータで示したのが、Studenskiらが2011年にJAMAへ発表した研究です。
歩行速度は「第6のバイタルサイン」とも呼ばれます。血圧や体温を測るのと同じくらい、歩く速さを測ることには意味がある、という考え方で、2009年にFritzとLusardiが出した提言が元になっています。
結論
歩行速度は、年齢と同じくらいその人の状態を映す「第6のバイタルサイン」。
- 歩行速度が0.1m/秒速いごとに、死亡のハザードがおよそ12%低い(ハザード比0.88)
- 75歳の10年生存率は、歩く速さによって男性19〜87%、女性35〜91%と大きく分かれる
- 著者らの目安は、約0.8m/秒がその年齢・性別のちょうど真ん中、1.0m/秒以上なら期待より長く生きていた
- だから在宅でも歩行速度を定期的に測り、変化を追う価値がある
- ただし関連を示した観察研究であり、「速く歩けば寿命が延びる」という因果ではない
この研究がやったこと
- 対象:地域で暮らす65歳以上の高齢者34,485人(平均73.5歳・標準偏差5.9)
- 方法:9つのコホート研究(1986〜2000年に収集)のデータを統合し、歩行速度と生存の関係を6〜21年追跡して分析
- みたもの:歩行速度が、その後の生存とどう関係するか
結果:速く歩ける人ほど、長く生きていた
追跡期間中に17,528人が亡くなりました。分析の結果は明確でした。
| 指標 | 結果 |
|---|---|
| 歩行速度0.1m/秒あたりの死亡ハザード比 | 0.88(95%信頼区間 0.87〜0.90) |
ハザード比0.88とは、歩行速度が0.1m/秒速いごとに、その後に亡くなる勢い(ハザード)がおよそ12%低いという意味です。「死亡率が12%下がる」という意味ではありません。
向きは9つのコホートすべてで同じでしたが、大きさには幅があります(研究ごとのハザード比は0.83〜0.94)。また、この0.88は年齢だけを調整した値です。性別・BMI・喫煙・血圧・持病・入院歴・主観的な健康感まで調整し直すと0.90(95%信頼区間 0.89〜0.91)になり、関係は残りました。
そして、同じ年齢でも歩く速さによって予測される余命は大きく違いました。75歳の10年生存率は、歩く速さによって男性で19〜87%、女性で35〜91%と、年齢だけでなく「歩く速さ」で大きく分かれたのです。
歩行速度は、年齢と同じくらい、その人の状態を映す。だから「測る」ことに意味がある。
測り方:4mを、助走なしで、いつもの速さで
ぺんた
歩行速度って、5mでも10mでも同じ数字が出ますよね? 距離を割るだけだし。
あいす
そこが落とし穴なんだよね。止まった状態から測り始めるか、助走路をつけるかで数字が変わる。同じ人でもね。
著者らが論文の最後で示している、臨床で使うときの手順はこうです。
| 決めごと | 手順 |
|---|---|
| 距離 | 4m |
| 開始 | 立ち止まった状態から(助走路は取らない) |
| 教示 | 「道を歩くときの、いつもの速さで歩いてください」 |
| 声かけ | 始まったら励ましも追加の指示もしない |
| 道具 | ストップウォッチだけ |
「ストップウォッチと4mのコースがあればできる」と書かれています。特別な機器は要りません。
9つのコホートが実際にやっていたこと
ただし、この表がそのまま9つのコホートの測り方だったわけではありません。
9研究すべてに共通していたと明記されているのは、「いつもの速さで」という教示と「立ち止まった状態から」の2つだけです。
距離はバラバラでした。8フィート(約2.4m)から6mまであり、8フィートと6mは換算式で4m相当に直しています。ただし15フィート(約4.57m)で測った研究は、距離を時間で割っただけで4mへの換算をしていません。
つまり数字のもとは「一部は換算し、一部はそのまま」の値です。上の表は、著者らが臨床向けに整えた推奨手順として読むのが正確です。
日本の基準値は、助走をつけて測っている
このあと出す日本の基準値は、5mの区間の前後に3mずつの助走路と減速路を取って測っています。加速している間の時間が入らないぶん、同じ人でも速い数字が出ます。
助走なしの4mで出た「0.8」「1.0」という線と、助走ありの5mで出る「1.2」「1.3」という数字は、そのまま比べられません。差のすべてが測り方のせいだとは言えません(国も年代も違う集団です)。それでも、どちらの測り方の数字を指して話しているのかは、毎回はっきりさせる必要があります。
同じ年齢の人と比べて、速いのか遅いのか
まず、この研究そのものが出している目安です。
| 歩く速さ | 著者らの読み方 |
|---|---|
| およそ0.8m/秒 | その年齢・性別でちょうど真ん中にあたる余命 |
| 1.0m/秒以上 | 年齢と性別から期待されるより長く生きていた |
著者らは、他の研究者が0.6m/秒未満を「健康や生活機能が落ちている可能性が高い線」として提案していることにも触れています。ただしこれはこの研究が検証した数字ではありません。
なお1.0m/秒は、サルコペニアのアジア基準(AWGS2019)が使っている線でもあります(サルコペニアを在宅で見つける)。ただしAWGSが決めているのは6mでの歩行速度で、この研究の4mとは、ここでも土俵が違います。
日本の高齢者4,683人の目安
日本にも、地域で暮らす65歳以上を対象にした基準値があります。都市部と農村部の5地域・6つのコホートを統合したもの(清野ほか 2014)で、入浴・更衣・歩行・食事・排泄で介助が必要な人は外れています。データが集められたのは2002〜2011年です。
歩行速度を測れたのは4,660人(男性2,154人・女性2,506人)でした。
下の表は、同じ年代・同じ性別の中で真ん中の5分の1に入る範囲と、下から5分の1に入ってしまうラインです。
| 年齢 | 男性・真ん中の5分の1 | 男性・ここを下回ると下位20% | 女性・真ん中の5分の1 | 女性・ここを下回ると下位20% |
|---|---|---|---|---|
| 65〜69歳 | 1.35〜1.42 | 1.22 | 1.34〜1.42 | 1.22 |
| 70〜74歳 | 1.28〜1.38 | 1.16 | 1.27〜1.38 | 1.14 |
| 75〜79歳 | 1.20〜1.31 | 1.10 | 1.14〜1.24 | 0.98 |
| 80〜84歳 | 1.11〜1.24 | 0.96 | 1.00〜1.13 | 0.80 |
| 85歳以上 | 1.08〜1.14 | 0.90 | 0.83〜0.93 | 0.70 |
単位はm/秒です。この表は前後に3mずつの助走路・減速路をつけ、通常歩行を1回だけ測った数字なので、前の章の0.8や1.0とは別の土俵になります。
測定区間は5mですが、6つのうち1つのコホートだけは10mで測っています(全体のおよそ2割)。
85歳以上の行だけは、人数が少ないことに注意してください。男性48人・女性68人しかいません。ほかの行と同じ重みでは読めません。
この表があると、「◯◯さんは、同じ年代の男性の中では下から5分の1に入ります」という言い方ができます。「遅くなりましたね」より伝わり、しかも角が立ちません。
何m/秒ぶん変われば「変わった」と言えるのか
別の研究(Perera 2006)では、歩行速度の小さいけれど意味のある変化は約0.05m/秒、はっきりした変化は約0.10m/秒と見積もられています。
この研究はさらに、歩行速度なら0.05m/秒の変化でも測定のばらつきと区別できると述べています。SPPBの0.5点は区別できないとされているので、小さな変化を拾う道具としては歩行速度のほうが向いているということになります。
ただしこの数字は、移動に障害のある高齢者100人・亜急性期の脳卒中の方100人・地域在住の高齢者492人を合わせた二次解析から出たものです。在宅の利用者そのものを対象にした値ではありません。
訪問リハ・在宅の現場でどう使うか
1. 測り方を1つに決めて、記録に書き添える ◎
距離・助走の有無・教示を決めて、毎回同じにします。そして記録には「通常歩行 1.12m/秒(5m・助走3m)」のように測り方まで書きます。これをやらないと、次に測る人の数字と比べられません。経過を追えるかどうかは、ここで決まります。
2. 「同じ年代の中でどのあたりか」を言葉にして返す ◎
上の表の「下位20%のライン」だけ覚えておけば足ります。数字だけ伝えるより、同年代の中での位置を伝えるほうが、本人にも家族にも届きます。
3. 変化は0.05m/秒から拾う。ただし「速く歩けば長生きする」とは言わない ◎/△
0.05m/秒の変化は、臨床の場で見分けられる大きさです ◎。一方で、この研究は観察研究なので「速く歩く練習をすれば寿命が延びる」とは言えません △。伝えるなら「歩く速さは、体の状態を映す物差しです」までにとどめます。
同じように簡単に測れて予後を映す指標として、握力があります(握力は何を測っているのか)。一方、よく使われるTUGは転倒予測の道具としては力不足だと分かっています(TUGのカットオフ値13.5秒は使えるのか)。それぞれ何を測る道具なのかを踏まえて選ぶと、記録の意味が変わります。
この研究の限界(ここを外すと誤読します)
- これは関連(速い人ほど長生きの傾向)を示した観察研究です。「速く歩く練習をすれば寿命が延びる」という因果を証明したものではありません。
- 歩行速度は状態を映す鏡ですが、遅い原因(痛み・心肺機能・神経症状・意欲など)は人それぞれです。数字だけで判断せず、背景を評価する必要があります。
- 対象は地域在住の高齢者です。重い疾患や特定の病態のある人にそのまま当てはめられるわけではありません。
- 予測される生存率はあくまで統計上の平均で、個人の運命を決めるものではありません。伝え方には配慮が要ります。
- 研究間のばらつきが大きいデータです(I² 82.3)。9つのコホートをランダム効果モデルで統合しています。
- 9つのコホートの歩行距離は8フィート(約2.4m)から6mまでバラバラです。8フィートと6mは換算して4m相当に直していますが、15フィートで測った研究は換算していません。
- データが集められたのは1986〜2000年です。
- MCIDの出典(Perera 2006)は全文が無料公開されていません。このブログは全文が読める論文だけを使う方針ですが、この記事では抄録で確認できる数値(0.05m/秒・0.10m/秒)だけを引用しています。
- 日本の基準値は2002〜2011年に集められたデータです。この研究(1986〜2000年)とは時代も国も違う集団なので、数字を直接比べることはできません。
- 日本の基準値の85歳以上は男性48人・女性68人しかいません。この行だけは幅をもって読む必要があります。
なお、在宅で使う評価項目を目的別に並べた一覧は理学療法の評価項目一覧にまとめています。
歩く速さではなく「動いている時間の総量」を見た解析もあります(座位時間は寿命に関わるのか)。こちらは強度を問わず、軽い活動の多さが予後と関連していました。
次の訪問で変えること
歩行速度の測り方を1つに決めて、記録に書き添える。「通常歩行 1.12m/秒(5m・助走3m)」の形にする。前回との差が0.05m/秒あれば変化として扱い、本人への説明は「歩く速さは体の状態を映す物差しです」までにとどめる。
根拠:0.1m/秒速いごとにハザード比0.88(95%信頼区間 0.87〜0.90)◎/0.05m/秒は測定のばらつきと区別できる(Perera 2006・対象は在宅高齢者だけではない)◎/日本の年代別の目安は4,660人のコホート統合 ◎/観察研究なので「速く歩けば寿命が延びる」は言えない △
まとめ
- 歩行速度は高齢者の余命を予測する指標で、「第6のバイタルサイン」とも呼ばれる
- 歩行速度が0.1m/秒速いごとに、死亡のハザードはおよそ12%低い(ハザード比0.88)
- 著者らが勧める測り方は4m・助走なし・いつもの速さ。日本の基準値は助走ありで測られているので、同じ土俵では比べられない
- 日本の地域在住高齢者4,660人の目安があり、同年代の下から5分の1に入るラインは65〜69歳で1.22m/秒、85歳以上で男0.90・女0.70m/秒(85歳以上は人数が少ない)
- 変化は0.05m/秒から拾える。ただし関連を示した観察研究であり、因果(練習で寿命が延びる)ではない
出典
Studenski S, Perera S, Patel K, Rosano C, Faulkner K, Inzitari M, Brach J, Chandler J, Cawthon P, Connor EB, Nevitt M, Visser M, Kritchevsky S, Badinelli S, Harris T, Newman AB, Cauley J, Ferrucci L, Guralnik J. Gait speed and survival in older adults. JAMA. 2011;305(1):50–58. DOI: 10.1001/jama.2010.1923 PMID: 21205966
Seino S, Shinkai S, Fujiwara Y, Obuchi S, Yoshida H, Hirano H, Kim HK, Ishizaki T, Takahashi R; TMIG-LISA Research Group. Reference values and age and sex differences in physical performance measures for community-dwelling older Japanese: a pooled analysis of six cohort studies. PLoS One. 2014;9(6):e99487. DOI: 10.1371/journal.pone.0099487 PMID: 24923425 ※記事中の年代別の表は、この論文の基準値です。
河合恒, 清野諭, 西真理子, 谷口優, 大渕修一, 新開省二, 吉田英世, 藤原佳典, 平野浩彦, 金憲経, 石崎達郎, 高橋龍太郎, TMIG-LISA研究グループ. 大規模コホートデータによる地域高齢者の体力評価シートの作成. 体力科学. 2015;64(2):261-271. DOI: 10.7600/jspfsm.64.261 ※上の基準値をもとに、年齢ごとの曲線にした評価シートを作った論文です。測定方法の記述はこちらから引用しています。
Fritz S, Lusardi M. White paper: "walking speed: the sixth vital sign". Journal of Geriatric Physical Therapy. 2009;32(2):46-49. PMID: 20039582 ※「第6のバイタルサイン」という呼び方の出どころです。
Perera S, Mody SH, Woodman RC, Studenski SA. Meaningful change and responsiveness in common physical performance measures in older adults. Journal of the American Geriatrics Society. 2006;54(5):743-749. DOI: 10.1111/j.1532-5415.2006.00701.x PMID: 16696738
※本記事は上記論文を運営者が読み、自身の言葉で要約したものです。原著の抄録・本文の転載および全訳は行っていません。診断・治療の判断は主治医・担当の専門職にご相談ください。
この記事について
本記事は公開されている論文をもとに、あいす・理学療法士(10年目)が要約・解説したものです。原著の内容を完全に再現するものではないため、 臨床判断の際は必ず原著をご確認ください。
また、本記事は特定の個人に対する診断・治療の助言ではありません。 症状についてのご相談は主治医・かかりつけの専門職へお願いします。